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プロアスリートの食育プロジェクト「食べサル」岸本武志(シェライカー大阪)

岸本選手と言えばFリーグ・シュライカー大阪のエースでありキャプテン。そして日本フットサル界屈指の左ききのスペシャリスト。そんな彼が、いま注目のアスリート食について興味を持ち、日頃のトレーニングと食事を見つめ直し、より効果的な食生活への取り組みをリアルに紹介するこのコーナー。著書『サッカー食』で有名な吉川珠美先生とのコラボレーションで『世界に通用するフットサル食』なるものを一緒に考えます。
まず、アスリート食とは何か?まだあまり知られていない、聞きなれないコトバかもしれません。
スポーツ栄養学では、アスリートに必要なものは「練習」、「栄養」、「休養」だそうです。練習は教えてくれる人がいますし休養は知らなくても自然とできます(意図的に取らないとダメな場合もありますが・・)。
しかし栄養は勉強しないときちんとできませし、栄養の知識がないとトレーニングの成果も効果的にでてきません。それだけ難しいものであり、また奥深いものなのです。ただ、岸本選手は栄養のプロフェッショナルではありませんので、専門家の方にきちんとアドバイスをもらって、体に最適な食事をとることが必要なんです。そういえば関西イタリア界の巨匠である山根シェフが最適調理ということばをおっしゃっています。それぞれの食材に最適な調理をすることらしいのですが、まさにスポーツ選手の食事もからだに最適な食事をとることが大事なんですね。

連載第1回目は、岸本選手と吉川先生の対談のご紹介です。
 

【毎日、毎日フェジョンです(笑)】

  • 吉川先生:
  • こんにちは。吉川と申します。どうぞよろしくお願いします。
  • 岸本選手:
  • こちらこそ、よろしくお願いします。
  • 吉川先生:
  • では、まず岸本選手はどういう生い立ちで今のアスリート岸本があるのですか?教えてください。
  • 岸本選手:
  • はい。ぼくは小さいころからサッカーのプロになりたかったんです。だから小学校からずっとサッカーをしていました。その当時のクラブチームの監督が日系ブラジル人で多大な影響をうけました。そしてその頃からブラジルに行ってサッカーの本場で自分の力を試してみたいという思いを強く抱くようになりました。中学卒業後にブラジルに行こう思っていたんですけど、行くなら早い方がいいといろいろな方々が勧めてくれたこともあり、少し早く中学1年にブラジルに渡りました。
  • 吉川先生:
  • すごいですね~。そんな小さなころからブラジルに行くなんて。じゃあ向こうの学校に通っていたんですか?
  • 岸本選手:
  • そうなんです。ふつうに中学、高校と現地の人が通うふつうの学校に行ってました。ブラジルでは学校の授業でフットサルがあったんです。だから、サッカーしながら学校の授業でフットサルもしてました。その授業がきっかけで興味をもち、サッカーのためにも必要な技術を培えるのではと思い、本格的にフットサルのクラブにも入りサッカーと並行して行っていました。
  • 吉川先生:
  • 食事はどんな感じでしたか?
  • 岸本選手:
  • とにかく豆料理が主食なんですよ。フェジョンという料理なんです。毎日、毎日フェジョンです(笑)。最初は体が受け付けませんでした。でも毎日食べてると慣れてくるんですね。今では全然平気で、逆に美味しいと思って食べてます。
  •  
  • 吉川先生:
  • そうですか(笑)。フェジョンという料理はブラジルでは毎日食べられ、色々な形や色、大きさの物があるんです。黒豆をブラジル人の最も愛する豆と考える人もいるし、市場では、黒豆だけでなく、赤、白、茶などを売っているんですよ。ブラジル料理って皆さんが馴染みのあるものって言ったら、シュラスコ料理ですかね。牛肉や鶏肉などを串刺しにして焼いたものを、目の前にきてナイフでザザザッて捌いてくれる豪快料理。美味しいですよね。
    ところで、岸本選手は、ブラジルでは寮のようなところに入っていたのですか?
  • 岸本選手:
  • ぼくは寮にも入らなかったんですよ。ふつうはサッカーでブラジルに来ると寮に入るんです。でも僕は入らなかったことがかえってよかったんです。寮に入るとどうしても覚える言葉がサッカー用語中心になってしまうし、どうしても日本人どおしかたまってしまいます。ポルトガル語を覚えないと生きていけないぐらいの環境の方がかえってよかったんです。確かに最初の1年はほんとに苦しかったですけど、そのおかげで喋れるようになりましたね。
  • 吉川先生:
  • そうですか~。苦労されたんですね。でもそのおかげで今があるんですよね!
  • 岸本選手:
  • はい!そうなんです。
  • 吉川先生:
  • 日本に帰ってくることになったきっかけはなんだったんですか?
  • 岸本選手:
  • 20歳の時に向こうのチームとプロ契約をしたんですが、チームの経営状況が悪化していた事をきっかけに当時の代理人に勧められ自分の将来を見つめ直し、日本での挑戦を目指そうと思い帰国に至りました。
  • 吉川先生:
  • ということは約10年ブラジルにいたことになるんですね。すごい!!
  • 岸本選手:
  • それでJリーグへの挑戦という選択もあったのですが、テストを受けられるタイミングが合わなかったり、怪我の状況などで選択肢から外しました。そして周囲からの誘いもあり、ボールに触るという意味でもリハビリ的にフットサルをやり始めました。
  • 吉川先生:
  • リハビリ感覚で始めたフットサルがなぜ本格的にやり始めたんですか?
  • 岸本選手:
  • 日本のサッカーはブラジルスタイルとは全く違うものだったのであまり自分に合わないなという思いもありました。当時、意外に日本でフットサルが盛り上がっていた事や、元々ブラジル生活で培ったフットサルのスタイルが自分に合っているという思いから、フットサルで挑戦してみようかなと思ったんです。
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第1回目の対談は岸本選手のブラジル時代のことで花咲きましたが、次回より、そんな岸本選手の日頃のワークスケジュールに注目し、食生活の改善プロジェクトを実施していくことがこのコーナーの連載の企画です。

寡黙で人見知りなイメージの岸本選手でしたが、フットサルの話やプロアスリートとしての心構えの話などは、吉川先生はじめ取材スタッフ全員が岸本ファンになるほど、熱く強いものでした。
同じアスリートや将来アスリートをめざす少年少女たちにとって、とても参考になる企画にできると思います。
Fリーグの中でも厳しい練習をするシュライカー、その合間を縫ってのトレーニング、そして練習直後に休むまもなく仕事をこなす岸本選手。食事の時間が変則的になったり、疲れがとれないまま翌日の練習になってしまうなど、アスリートとしての悩みもかかえているそうです。
そんな彼を少しでもサポートして、よりよいパフォーマンスを出せるように協力したいと考えています。

さて、毎日岸本選手がどんなライフスタイルをおくっていて、食生活はどんなものなのかを実は現在、シュライカー大阪のスタッフが調査中です。乞うご期待です!!


Fリーガー 岸本武志

(シェライカー大阪)

1978年7月5日生まれ。大阪府出身。小学2年からサッカーを始め、中学1年でブラジルへ単身サッカー留学。
98年にはボルトゲーザ・ロンドリネンセとプロ契約を交わしている。帰国後、フットサルに転向すると、持ち前のテクニックと左足から繰り出されるパスで頭角を現す。2007年からは日本代表にも選ばれるなど活躍している。

Fリーガー 岸本武志

管理栄養士 吉川珠美

(大阪サッカー協会スポーツ医学委員会)

奈良女子大学大学院家政学専攻食物学部前期課程修了。
「心と体の栄養補給」をモットーに美味しくて体に良い食生活の提案を提唱されています。
武庫川女子大学・大阪アベノ辻調理師専門学校で講師をする傍ら、大阪サッカー協会スポーツ医学委員会の管理栄養士を務める。
著書では「サッカー食」が有名。

管理栄養士 吉川珠美